岐阜LB刑務所便り・虫のいい話ですが…
私は子供の頃、とにかく残酷で虫を捕まえては彼らを観察した後、意味もなく殺したりしていた。
しかし中でもカマキリというのは生命力が強く、首を引きちぎったくらいでは死なない。
首が無くなっても、まだ体で動かしているカマキリを草むらに置いて、私はそのまま友だちの家へ遊びに行った。
夕方の帰り道なぜか、あのカマキリが気になり再び草むらへと足を踏み入れた。
するとカマキリは生きていた。それどころか、別のカマキリと交尾をしていたのである。
戦慄の光景に寒気がして逃げるように我が家へ帰った…。
この出来事以降、私は虫の類いが苦手になった。
なにより花粉が舞い、虫が湧き始める春の季節が忌まわしく仕方ない。
そして塀の中でも、この時期どこから侵入してくるのか、部屋の至る所からワラワラと虫が出てくる。
あるとき、体長10ミリ程のミミズのような「それ」は畳の隙間から現れた。
駆除しようと私が近付くと、サッと畳の隙間に隠れてしまう。
暫くしてまた這い出てきては俊敏な動きで身を隠す。
そして忘れた頃、みたび現れては私を振り回す。
そうやって格闘すること数日…。
疲れ果てた私は駆除を諦めて、その虫と同棲することにした。
なんなら、その虫がさくらんぼのように赤いことから「チェリー」と名前もつけてやった。
でも、たった名前をつけただけなのに、わずかに陽の当たる畳の上でウネウネと這う姿を眺めていると、自然と愛らしく思えてくるではないか!
虫を見る度、背筋が冷たくなっていたこれまでの自分自身が嘘のよう。
「虫だって尊い生きもの」なんて、まるで西洋哲学をも凌駕する悟りの境地。
そんな数日後のある日、突然チェリーがひと回り小さな相棒を引き連れて現れた。
なんとチェリーには恋人が居た。
殺伐とした受刑生活に光が射すような、思わず幸福な気分に満たされる。
同時に私は、無慈悲に虫を殺生してきた過去を猛省すると共に、チェリーを誇らしく思い初めていた。
これまで縦横無尽に好き勝手生きていた私は、気付けば全てを失い独りに。
自業自得とはいえ、やはり寂しい。
だが、チェリーを見ているとあんなに穏やかで自足しているではないか。
彼らは己の身分のことで、やきもきしたりメソメソしたりしない。
「チェリー、もはや私たちは親友と呼んで差し支えないだろう」。
TVを点つければ世界各地で紛争が起き、多くの命が奪われている。
虫を恐がる人は少なくないけど、一番恐いのは人間だ。
そして平穏な日々はいつまでも続かない。
結局、人は容易く変われはしない。
ある晩に、そんな事件は起きた。
就寝中の私は尿意で目を覚ますと、信じられない光景が…。
なんと、私の布団の側でチェリーが恋人をムシャムシャ共喰いしている…。
身の毛がよだつとはこのことで、反射的に私はチェリーを叩き潰していた。
何度も何度も、大きな音を立てて。
インターネットで屍体サイトを観ても、ゲームでゾンビを撃ち殺しても、
夜中に虫の共喰いを見る怖さには到底及ばない。
畳に散らばったチェリーの破片をひとつひとつ集める。
それは私が束の間ひとりで見た夢のかけらのように思えた。
こうしてチェリーとの同棲生活に終止符を打った訳で、実に虫のいい話ではあるが、私は虫が嫌いである。
人は所詮ひとり。
それでも、ほんにかえるプロジェクトのHPを数多くの人が閲覧してくれていることと、 なによりほんにかえるプロジェクトの発展、繁栄が心底嬉しい。
受刑生活は薄氷を踏むような脆弱な日々である。
だからこそ我々は最終的に何が必要かといえば、
やはり人の温もりではないかと思う。
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私は子供の頃、とにかく残酷で虫を捕まえては彼らを観察した後、意味もなく殺したりしていた。 しかし中でもカマキリというのは生命力が強く、首を引きちぎったくらいでは死なない。 首が無くなっても、まだ体で動・・