岐阜LB刑務所便り・第九を聴きながら&子供に絵本を

これはあくまで個人のぼやきであることをお断りしておきます 
皆さーん、いつも元気で朗らかに、互いに仲よく協力してますかー? 
かえるメイト(受刑者会員)二大勢力のひとつ、岐阜刑から2026年も宜しくお願い致します。 


まず局長の裁判ですが、2年も拘束された上に随分重たい判決でしたね… 
私の裁判は判決まで1年6カ月かかりました。 
起訴内容を否認していると罪証隠滅の恐れがあるとして多くは保釈されないのですが、裁判の長期化、勾留日数が長引くこと自体が、もはや精神的な拷問なんですよ。 裁判の過程も「その証拠、本当に必要?」といった刑事訴訟法の理念である予断排除原則に反したものでした。 
私の主張はスルーで求刑通りの判決… 裁判官、検察官の権力って本当に強過ぎます。 
だからどんなことでも警察に捕まったら(まして起訴なんかされたら)まず助からないということです。 

私は早朝、警察の急襲を受けました。 
そのとき、なぜか私はドンキで買ってきたばかりのスピーカーでベートーベンの第九を聴いていたんです(苦笑) 
突入してくる刑事。 
往生際の悪い私の抵抗もむなしく、盾を持った刑事に体当たりされ呆気なく制圧。 
「確保ーっ!!」と誰かが叫んでいたときも第九の大合唱はずっと流れていました…(笑) 


歳月は過ぎ12月31日現在、私はかき揚げ蕎麦をたべながら、EテレでN響の第九を聴いております。 
局長も家宅捜索の際には、ひと悶着あったようですが、もう盾を持った刑事が突入してくることもないし、私はこの第九を独り神妙な気持ちで聴いている訳です(苦笑) 
そして塀の中での数少ない楽しみのひとつが食事ですが、年末年始はメニューも豪華になり普段、不愛想な受刑者もこの時期だけは機嫌が良く、驚くほど社交的です。 
因みにX’masに出た不二家のモンブランケーキはほっぺが取れるくらい美味しくて、人間って本当に感動したとき、言葉を失うんですね… 
通常時は甘味に飢えているせいか「出所したらケーキ屋で働こう」と本気で思うほど(笑) 


そして三が日だけは、お米も麦飯から白米だけになり、雑煮やあべ川餅、ぜんざいまで出ます。 
社会の人が訊いたら「甘やかすな」と怒られそうですが、その分また1年甘いものに飢えながら作業頑張るので何卒大目に見て下さい。 
(私、決してグルメ通ではなく、どちらかというと食に無頓着な方ですが、塀の中では常に甘いものを渇望している有様です…) 


あと塀の中での数少ない楽しみのひとつに手紙もあります。 
社会から隔絶された我々受刑者が得られる外の情報なんて、微々たるもので高が知れています。 
それ故、社会から届く私宛の手紙は超絶にありがたいものなのです。 
閉塞感の強い環境の中では、外の些細な情報に触れるのも至福のひと時なんですが、何よりネット社会の現代に手間をかけて書いてくれる手紙が心底嬉しいのです。 
岐阜刑はLB(長期刑務所)なので20年、30年服役している人が沢山居て、割と最近まで社会に居た私が「メンヘラかまちょ」と言っても周りには、その意味すら全く通じない恐ろしく浦島太郎の世界なのです… 
それでも昼食のカレーに大きなジャガ芋が入っていたと幸せそうな顔をする受刑者も居ます。(呑気ですね…(笑)) 


いきなりですが私から質問です。 
人が人として幸せであるために最低限必要なものを、ひとつだけ挙げるとしたら一体何だと思いますか? 
それはお金ですか? それとも愛してくれる誰かの存在? 
人が人として幸せであるために最低限必要なもの、それは「自由であること」なんじゃないか。 
勿論、自由だけで幸せになれる訳ではないにせよ、少なくとも自由を奪われた状態では、たとえ他の何をどれだけ持っていようと人は心底幸せになることなんてできないと私は思うのです。 


最後にかえるPJの皆様をはじめ、いつも温かいお手紙をくださる方々に改めて心より感謝申し上げます。 
引き続き自分の立場を弁え、一線は越えないよう律していきますので、今後もご厚情のほど宜しくお願い致します。 
事の成り行き次第では、局長を我が工場にお招きしたいくらいです(苦笑) 
冷凍庫のような居室より愛を込めて。 

2026/1/13

子供に絵本を

拝啓、鬼が島の鬼さんへ 
節分になると全国各地の鬼が、人間達から容赦ない仕打ちを受ける。 
「鬼は外!!」という大声と共に、力まかせの豆が飛んでくる。 全くの手加減もない。 
私も子供の頃、鬼の面をした父に豆をぶつけた記憶がある。 
仕事で疲れて帰ってきても、子供の戯れに文句も言わずに付き合ってくれた父。 
(ただ、お酒が入ると本物の鬼に豹変する厄介な父だった…) 

 
あと幼少期の思い出をもうひとつ。 
当時、大切にしていた絵本を読んでいたら最後には退治されてしまう鬼がなぜか可哀相になり、私は「おにがしまのおにさんへ」という宛名で励ましの手紙を書いて、こっそりポストへ入れてしまったことがある。 
そんな届くはずのない手紙を出して数日後、私宛に送り主のない郵便小包が届いた。 
両親の前で開けてみると、中から「鬼の目にも涙」という一冊の絵本が入っていた。 
なにより絵本の中の鬼と通じ合えたようで嬉しかった。 
因みに当時、父が晩酌していたのは「鬼ころし」だった…(苦笑) 

P.S 私は現在塀の中。 
社会に残した4才の息子のことが唯一の気掛かり。 しかし別れた妻が再婚したことで、親権が一切ない私にとっては今後会うことすら絶望的…。 
だから、せめてという訳ではないが子供の誕生日に絵本を贈っている。 
そして「どんな絵本を贈ろうか」と悩み、また子供に届いたあとのことを想像するのが至福のひと時。 
勿論、差出人を父とは名乗れないため「鬼が島の鬼さんより」としている私はエゴイストかな?  

2026/2/3

 

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