所内のコロナ事情・2

04年8月2日 所内クラスター発生。 

7月25日から多分コロナの影響で、出業停止となってます。 
その日も直前まで準備をし、あとは部屋を出るだけだったんですが、いつまでたっても扉はあかず、気付けば他の工場は出業してるし、まさか俺だけ忘れられてる訳ないよな・・とか一瞬、よぎってめちゃくちゃ不安になりました。結局その日は待機となりました。 

何も説明の無いまま、しれっと出業停止となるコロナ対応がいまだに続いていて、事後の報告すらもありません。
その日の夕方にかろうじて、29日まで待機する事と次の日の洗濯物や運動・入浴の話はありましたが、コロナの感染状況や発生原因、その為何日間こういう対応をするだとかコロナ禍になってからそういう説明を施設側から受けたためしがありません。
何で事情を説明しないのか?マジでストレスですし、理解出来ません。
俺らは家畜かなんかなんでしょうか。精神的苦痛をこの措置の度、感じます。 


待機中の流れとしては・・ 

起床 7:20〜朝食・点呼

8:30〜房内運動(30分) 

9時〜10時 プリント(KYTシート)記入作成1枚 

10時以降〜余暇時間 

11:40〜昼食 

17時点検 

18:30~仮就寝 となりますが、 

仮就寝の18:30までは、横臥も出来ない為実質一日中座りっぱなしです。 
29日までの5日間の待機だと思われますが、その前後を土日が狭んでいる為、実質、10日間座り続ける事になります。 

 
最終日の29日も何事もなく点呼→夕食と済ませ、ひとまず終わると油断してたら、夕方のラジオで「大分刑務所でクラスター発生」と耳を疑う事態が流れモヤモヤしたままその日は就寝。
さすがに官側も重い腰を上げ、次の日は朝から放送するも『TV・新聞で報道されている通り大分刑務所でクラスターが発生しています。当面の間、回覧新聞の中止と配食を職員が行います。』のみでした。 
最小限の事しか伝えられず、コッチが知りたい事はやっぱり隠されたまま。 
結局何人感染し、いつまで続けるのかわからないまま、こんなん状態が続くとその内ブチ切れるかもしれません。 

 
翌30日からは、回覧新聞中止の為か、TVが午前中と、17時からと見れる様になり(いつもは19時から)丁度「報道特集」で岡山刑務所をやってました。運動場で全力疾走する姿や所内の風景、30年以上服役されている方が次々と出ており、無期の出所者が5年間で3名だとか、平均が38年だとか、加えて一度無期で仮釈放後、駐車違反を繰り返した為、再収監されて、更に約34年とか。
少年無期の方の状況で、大分とは違い、無期でも炊場などの経理工場へ行ける事が可能などなど。 


無期刑は、刑の執行から30年が経過した時には、その終過した日から起算して1年以内に仮釈放審埋を開始するとあります。
しかしながら「動機や結果が死刑事件に準ずる位悪質」などの「マル特無期事件」について、仮釈放不許可とすべく通達が出ており、事実上の終身刑化されているという現実をまざまざと見せつけられ、受刑生活が20にも満たない私の心はバキバキにへし折られています。
この先も、色んな事で心を折られていくんでしょうが、しんどいものはしんどいです。 

 
7月22月(金) 教育日、 

23日(土) 免業日 

24日(日) 免業日 

25日(月) 一部の工場の出業停止、29日までと告知 

26日(火) 一部の工場(炊場・洗濯など)のみ出業 

30日(土) 「当面の間」新聞中止・配食を職員が行う。 

8月1日(月) 一都の工場(同上)のみ出業〜点検が17時→16時に。 

 

「当面の間」がどれ位なのかわかりませんが、今年の1月に当所でクラスターが発生した時は、6日(木)〜30日(日)の25日かかりました。これがいつまで続くのか、何も説明がないまま、お盆休みまで待機させられそうで恐いです。
私達には見る事が出来ませんが、施波の中で、コロナ状況は公表されている筈なので、外の人達の方が詳しいかもしれません。
それより、待機もふくめて11日の間、22日にもらった不織布のマスクをずっと使い続けている事を誰か指摘して欲しい所です。 

 
まぁ、予算が厳しいと告知があったばかりなので、御飯が目に見えて 
減ってる事など考えると少しでも浮かせていきたいんでしょう。 
一刻も早く普段の日常に戻って欲しいものです。 

 

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