獄中小説・獄楽 Vol.2

 

獄中小説・獄楽 Vol.1こちらから

「ユウジさん、ジンさん、すんません、、、話に入ってもいいっすか」
食堂のテーブルで休憩しているため、嫌でも隣の会話が耳に入る。横から勝手に「それ違うよ」などとうっかり口を挟んでしまうと、「おいコラッ、てめぇと話してるんじゃねぇんだよ」と喧嘩になる。
マサの断りはそのためのものだ。 

「おう、どうしたマサ?」ユウジがまだ2年目のマサに先輩風を吹かす。
33歳のマサはユウジよりもガタイがよくて気のいい奴だ。
「俺、前に中田さんと同じ部屋だったんですけどね。そのデイトナの前の型もあるって言ってたから、多分、6240だと思いますよ」
「ええっ!」ユウジの絶叫が谺した。 

マサもロレックスマニアだ。サブマリーナの初期モデル〈通称赤サブ〉がほしくてタタキをした。
が、パクられた。
「おい、ビッグレッドの6263は1千万ぐらいだろう?じゃあ、6240っていくらすんだ?」
俺としたことが、、、でも、気になるだろう?
「今、2千万弱ですね」今度は俺が絶叫した。ひええっ! 


「中田さんて何でそんなもん持ってんだ?」俺は素朴な疑問をユウジに投げかけた。
「さぁ」と首を捻る。
それを見ていたマサが、「何か、パクられる前は友人と横浜で小さい貿易会社をやってたらしくて、結構、稼いでたみたいっすよ」とのこと。
へぇ、あの中田さんがねぇ、、、。 

「ジンさん、娑婆にいる奴が今、新品のデイトナを買ったとするでしょ、、、それで何か事件を犯して無期になる。で、40年50年塀の中に閉じ込められたらそのデイトナは、、、」
そっか、中田さんも普通に稼いで買っただけなのに、気づけばこうしてヴィンテージになってしまった。
そういうことかぁ。 

 「その意味で言ったら、他にもヴィンテージ物ってあるんじゃねぇのかなぁ」と俺は独りごちた。
「おっ、さすがはジンさん」とマサが笑う。
「そうなんすよ、横浜にいたから米兵とも付き合いがあったらしくて」と、そこまで聴いて休憩が終了。
俺たち3人は、それから毎日〈中田会議〉を開いた。 

 

 マサの話の続きはこうだ。「ジーパンやフライトジャケット、、、MA➖1のことですけどね、それらを2足3文で奴らから買い叩いていたそうで、ここに入所したときはダンボール2箱分あったらしいっすよ」と。
俺はそっち方面は無知だから普通に聴き流していたのだが、、、ユウジがえらい昂奮していた。 

 「ちゃちょちょ、マサ、ジーパンて?」とユウジが鼻息を荒くした。
「中田さんの話から推測すると、リーバイスは501のヨンナナで、リーが、多分、1012の通称サイド黒っすね」それを聴いたユウジが鯉のように口をパクパクさせた。どうしたんだコイツは、、、シャブの後遺症でも出たのか? 

 壊れたユウジはほっといてと、、、
「それって今は高いのか?」とマサに問いち質す。
「物を見ないと何とも、、、でも、最低10万、物によっては百万以上っすね、、、って、ジンさん、ジンさん?おーい、ジンさあーん」と、そこで俺の意識は飛んだ。
どうやら俺は、口をパクパクさせていたらしい。 

 

 翌日から中田さんに招集をかけた。マサが口火を切る。
「ねぇ中田さん、領置してあるダンボールがああるでしょ?その中のジャンバーってどんな奴かなぁ?中田さんねか耳が遠いため、食堂中にマサの声が響き渡った。
が、この際しかたない。これは根気のいる作業になりそうだ。 

「エクセルガーメント製の58年タイプBと、スカイラインクロージング製の61年タイプC、それからアルファインダーストリー製の68年タイプDに、、、」って、おいおいおい、中田さんがボケできてるって言ったのは誰だユウジ!
「中田さん、ありがとね、もう十分だから」と俺はやんわり断った。 

「マサ、ユウジ、、、上野のアメ横にな、確か中田商店ていうミリタリーショップがあったよなぁ?」2人とも首を捻る。
「まぁそれはいいとしてだ、結局、中田さんの領置品はどれぐらいの価値になるんだ?」ユウジが周囲を気にしながら俺の耳元に口を寄せた。
えっ、軽く見積っても4千万円?おいおい、、、。 

 

 中田さんが領置している品物が現在どれほどの価値があるのかを本人に説明したのだが、、、
「因みね、1オンスの金貨はいくらかなぁ?」と中田さん。
俺たち3人は顔を見合わせた。中田さんが続ける。
「いやね、20枚ほど領置してあってな、、、」って、スゲーなおい。中田さん、俺を養子にしてくんねぇかな。 

 「ふうん、それも米軍関係かぁ、、、で、マサ、1オンスって何グラムだ?」と俺。
「えっと、、、28グラム、かな?」すると横から「28.3495だよ」とユウジが微笑む。
相変わらずこまけぇ奴だ。「で、20オンスっていくらにななるんだ?」「550万!」って計算早えなお前よぉ。 

「単純に言ったらそうなるけど、その金貨にもよると思いますよ」なるほど、マサはユウジと違って冷静沈着。
まぁ、18金だとしてめも最低550万ぐらいってことか、、、。
んん?待てよ、、、俺もネックレスとブレスレットで百グラム分持ってるわ。
30年前の10倍の価値かぁ、、、。 

 中田さんは一緒に会社を経営していた友人に、米軍からの横流し品と会社の金を横領された。
それを友人宅に取り戻しに行ったのだが、、、友人を殺してしまい〈強殺〉で無期。
「殺したのは悪いと思うが、金品は元々俺のものだ」と今だに中田さんは主張している。
多分それで長い、、、が、そろそろ出れると思う。 

「中田さんもそろそろ仮釈もらえるだろ」と俺たち。
本人に「ねぇ中田さん、中田さんももう少しで出れるだろうからさぁ、例の領置してあるやつを現金化するなら手伝ってあげるよ」と俺は純粋な気持ちで言った。
「持っててもしょうがないからねぇ」と、全部処分する段取りを任された。よしっ! 

 

 俺は今、調査隔離といって取調べの最中だ。容疑は皆の察する通りだ。
物品不正授受の疑い、ってことなんだけど、〈疑い〉って何だそれって感じだろ?
取調べの担当職員が過去2回ほど工場担当だった俺の〈オヤジ〉で、「中尾、まぁ、そう言うな」てことで色々とぶっちゃけてくれるから許すけど、、、。 

「お前なぁ、もう長いんだから反目のチンコロで足元を掬われんなよ」とオヤジに言われた。
なるほどね、食堂の隅からこっちの様子を窺っていたあいつらか。
「まっ、お前が自分の懐に入れようとしてなかったことは、あの若い2人から証言が取れてるし」とオヤジが笑った。
ユウジ、マサ、助かったよ 

「余談たけどな、中田が年金をもらってるのは知ってるか?」オヤジの話によると、中田さんはパクられるまでの10数年間、厚生年金をかけていて、塀の中に落ちてからは全額免除を申請、、、60歳から年金を受給しているらしい。
その額は月に8万前後。ユウジがあいればなぁ、、、貯金いくらになるんだろ。 

居室に戻ってから計算した。
月に8万だと年間96万円、、、中田さんは今85歳だから、、、掛けることの25年と。
その額、ざっと2千4百万円!はぁ、、、溜め息しか出ねぇよな。
しかも中田さんにはな、これまで50年間務めてきた報奨金もあるんだぞ。
その額だって少なくとも3百万円以上だ。 

 さあ、見ないで計算してくれるか 

、、、中田さんが領置しているものは安く見積もって4千5百万円。
年金が2千4百万円。そして報奨金が3百万円だ。
いくらになった?、、、これな、もし中田さんがこの中で死んだら、身内がいないから全部国庫に入るんだってさ。
養子縁組、マジで考えてくんねぇかなぁ、、、。 

 「お前が中田に親切に教えたことをだなぁ、あいつは居室に帰ってからノートにしっかり書いてたわ」と取調べでオヤジに言われた。
中田さんは俺が紹介した弁護士に依頼して、すべて現金化し、被害者遺族に慰謝料として渡そうと考えていたらしい。
なるほどね、そのおかげで俺の容疑が晴れたのか。 

 

 俺は2週間ぶりに工場に戻った。休憩時間、ユウジとマサと中田さん、それから仲のいい面々が俺を温かい迎えてくれた。反目で俺を陥れようとしていた3人組はどこを捜しても見当たらなかった。
ユウジだな。俺は敢えてそこには触れず、「世話をかけたな」とそれだけユウジに伝えたのだが、、、。 

ユウジの顔が〈?〉のままだ。
俺は「あの3人のことだよ」とそう言って微笑みかけた。今度は合点がいったのか、顔が〈!〉に変わった。
「あれ、ジンさんに見せたかったっすよ。中田さん、マジで怖かったっすよ」、、、
はぁ?おいユウジ、そこは中田さんじゃねぇだろ、お前が行くところだろうがよっ! 

「コラ若ぇのっ!ムショにはなぁ、ルールってもんがあるんだよ、知らねぇわけがねぇよなぁ」、、、
そう言って3人組からケジメを取ったらしい。
「中田さん、俺と縁組して〈オヤジ〉って呼ばせて下さいっ!」と俺は言った。
「ジンちゃん、それってどっちの意味だい」と返された。皆が爆笑した。

―了― 

 ペンネーム 楠 友仁

 

A348さんの投稿

 

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