獄中小説・獄楽/そしてまた冬 Vol.5

 

獄中小説・獄楽 Vol.4 こちらから

1年が経つのは年々早く感じる。56歳の俺からすると56分の1、32歳のユウジからすると32分の1、ということで同じ1年でも俺の方が早く感じるのだとユウジは言う。確かに、15歳のときの1年とは比較にならないほど早く感じる。が、ユウジの言ってることは正しいのか? 

月日が経つのが早く感じるのはいいような、悪いような、複雑な気持ちだ。
前回の6月にあった転室は上手いこと単独室に逃げ込めたが、12月の今回はユウジとマサに「ジンさん、今回は俺らと一緒になって下さいよ」と念を押され、見事に捕まってしまった。これからの半年が早く感じられるといいが、、、。 

「5年10年先のことを考えるとすげぇ長く思えるのに、過ぎてみるとあっという間に感じるのはなぜだろうか」、、、
俺は日曜日の昼食後、居室の窓から遠く澄みわたった空を眺めながら、誰にともなくそんな疑問を投げかけた。
「何かあったのかい?」と中田さん。ユウジやマサや東大も、心配そうに俺を見た。 

 「いや、俺がお前らみたいに務めて4・5年目ぐらいのときな、無駄な時間を過ごすのもどうかと思ってよぉ、何か勉強でもしようと考えたわけよ。でもな、仮釈がもらえるとしてもまだ25年以上あるしなって、そう思ってやり過ごしてきたら、もう20年も経っちまったからな、、、」
俺は深い溜め息をついた。 

 「ジンさん、どうしたんすか急に」とユウジ。「いや、急ってことでもなくてな、、、昨年の秋のコロナんときな、1ヶ月間、居室で缶詰状態だっただろ。あのときにな、ちょっと小説でも書いてみようかなって、、、でも、結局またこうして1年が経っちまったからよぉ」、、、俺はまた溜め息をついた。 

 

 コロナが5類に移行される前、このムショでは何度かクラスターが発生した。
いくら工場出役をストップしても、そりゃ発生するだろ、と俺たち懲役はみんな思っていた。
だって、共同室で5人6人が一緒に生活しているんだから、、、。もちろん、5類に移行されてからも、クラスターは発生している。 

「5類に移行される前の方がよかったですよね」
「東大、お前が言ってんのはクラスターが発生したら弁当が食えたからだろ」
「ユウジ、そういうお前だって弁当が出て喜んでたじゃねぇかよ」
「いやいやジンさん、最初の1週間だけっすよ、なぁマサ」「ですね、汁物がほしくなるっすよね」 

共同室にいると、どうでもいい話題で1日が経過していく。
この調子だと、やっぱり小説を書くなんて難しいだろうな、と諦めたときだった。
「ジンさん、小説を書くんだったらさぁ、俺たちのことを書いて下さいよ」とユウジが微笑む。
バカヤロウ、下ネタだらけのお前らの会話なんて誰が読むんだよ。 

 

 俺は諦めたのに、ユウジとマサと東大、それから中田さんまでノリノリだった。
「みんなでネタを出し合いましょうよ」と、なぜか東大が仕切り始めた。
「お、それいいじゃん」とユウジが早くも机に向かった。
「よし、じゃあやるかっ!」俺は躰の内側から力が漲ってきた。 

「おい、全員ノートを持ってこい」と、食器口に立つ若い巡回職員に言われた。就任3年目ぐらいの最近調子こいてるヤツだ。
「何ですか?」一応、全員が従った。
どうやら、マサがスポーツ新聞を広げていたせいで、ギャンブルをやっているのではないかと疑われたらしい。 

ひと通りノートをチェックした職員が「疑われるようなことをするなよ」と、言わなくていい台詞を口にした。
ユウジとマサの片眉が持ち上がった。ガマンしろ、と俺は無言で小刻みに首を振った。
すると、「そんな理不尽なことを言われても困りますよ」と、牙を剥いたのは東大だった。 


 東大が調査隔離になった。正月休みに入るまでに工場に戻ってこれるか心配した俺は、「まったく、あと2週間で休みに入るっていうのによぉ」と独りごちた。「多分反抗ってことで10日は座るでしょうね。
年を越すのは間違いないし、工場も飛ばされるんじゃないっすか」とマサ。これには皆が頷いた。 

マサの言った〈座る〉とは〈閉居罰〉のことを指す。懲罰中は単独室で朝から晩まで座って過ごす。
筆記具や書籍が居室に入らないばかりか、ラジオも聴けない。風呂も週に1回だけ。
もっと言うと朝食後から昼食、昼食後から夕食までは、通路に向かって胡座か正座で姿勢を正す、、、まっ、座禅て感じだな。 

「正月に座ったことありますか?」とマサ。
俺は「いいや」と応じた。「大晦日と三箇日は懲罰の執行が停止されるんですけどね、元日はニューイヤー駅伝で、2日と3日は箱根駅伝がラジオで流れるんですよ」と意味深に苦笑する。
「今年はテレビで駅伝なんて観ねぇぞって俺が言ったんで、それでしょうね」 

確かに東大は「分かりましたよ、今年は諦めますよ」と肩を落とし、2、3日沈んでいた。
だけどよ、ラジオで駅伝を聴けるとはいっても、それで楽しめるのか?と俺の顔に出ていたのか、「好きなヤツは好きなんですよ。
ほら、野球とか相撲でもそうでしょ」とユウジが説得力のある言葉を口にした。 

 

 1番席が中田さん、2番席がユウジ、3がマサで4が俺の順で座っている。
1と3が隣同士で、その向かいに2と4が並ぶかたちだ。「テレビで駅伝が観れないからって、わざわざ調査隔離になってまでラジオで聴こうなんて、、、そんなヤツは今まで見たことないねぇ」と中田さんが首を傾げた。 

ユウジとマサは深読みのしすぎだ。さっきの件は東大にとっては不慮の災難、懲役ではよくある話だ。
中田さんもそう思っているに違いない。するとユウジが「ジンさん、あいつは俺たちの定規じゃ測れないんです。
昨年はね、大晦日に紅白を観せてもらえないからって、それで作業拒否で調査隔離ですよ」 

 中田さんが金魚みたいに口をパクパクさせたあと、「まぁ、ラジオで駅伝を聴くってのはどうかと思うが、紅白なら分かるよな」、、、
いやいや中田さん、そこじゃないでしょ。居室のメンバーが嫌だとか、作業が嫌だからって拒否るヤツはいるけど、紅白や駅伝が観れないからって、、、
そんなヤツいたんだな。 

「せっかくだから今回の東大の件はネタにしましょうよ」とマサが言った。
確かに、こんな変わり者がいるんだぞと、シャバの人に教えたくなったわ。
「あっ、俺、やっぱ給付金ネタは反対っすね」、、、俺とユウジは目を合わせ、同時に首を傾げた。
おいマサ、言い出しっぺはお前だろうがっ! 

 

 住民税非課税世帯に対する7万円の追加給付が先日報道され、俺たちは歓喜した。
東大はこれで藤あや子と西川峰子の写真集を買うと言っていたほど、なかなかの変人だった。
あの調子だと、いずれまた俺たちのいる工場に戻ってくるに違いない。ところでマサ、給付金ネタは反対って、どういうことだ? 

俺はその理由をマサに尋ねた。「なんか、俺らみたいな受刑者が給付金をもらえるなんてシャバの人が知ったら、騒がれて、今後もらえなくなったらどうしようかなって、、、」とのこと。
「お前のせいで給付金がもらえなくなったじゃねぇかよ」と、同囚から叩かれるんじゃないかと心配したんだろうな。 

「ここはLAだからまだいいけど、LBだったら極道も多いし、『ケジメつけろやっ!』なんてツメられて、下手すりゃ首を括らなきゃいけないでしょうね」とマサが言うから、俺は鼻で笑ってやった。
ちなみにLAとはロサンゼルスじゃねぇぞ。長期をロング、初犯をA級というからだ。Bは累犯な。 

「あのなマサちゃん、それはジンちゃんの書いた小説が世の中に出たらの話だろ?仮に出たとしてもだ、ベストセラーにでもなって社会問題に発展しないとさぁ、、、」カタカタカタと、声のかわりに入歯を鳴らして笑った中田さん。
こういうところはボケてないから不思議だ。マサ、中田さんの言う通りだぞ。 

 

「でもジンさんはさぁ、社会にいる人を通してSNSに小説を投稿するわけでしょ?それだとリアルタイムだし、もし仮に、、、仮にですよ、炎上してバズったりでもしたら、、、」俺は笑い転げた。相変わらずマサは気が小さい、、、というか、すごいだろ妄想癖が、、、。 

 「マサよぉ、給付金ネタは外せねぇだろ、ねぇジンさん。少なく見積ってもよ、ここの懲役の半数、300人が受給するとしたら、、、2,100万円が現金書留で届くんだぞっ!」ってユウジ、それって理由になってねえだろ。配達員を狙ってタタキでもしろっていう推奨の意味か? 

「そういうユウジさんはどうなんですか?」「どうって、ネタのことか?」「もちろん」
「そうだなぁ、物価高騰のシワ寄せがこんなムショにまできてるって、そんなのはどうかなぁ」
「あぁ、なるほど。そういえば俺、まだ言ってなかったっすね」「何を?」「クリスマスや正月の菓子のことっすよ」 

 どうやらマサは炊事工場に仲のいいヤツがいるらしく、ハトを飛ばしたようだ。
ハトというのは、自分が接触できない相手に伝言を頼むことを指すのだが、、、そう、伝書鳩。
メモを渡したり、言付けを頼んだりするムショの隠語だ。もちろん違反行為で、仲介役もかなりのリスクを負うことになる。 

「今年のクリスマスはいつものローストチキンは出るけど、ケーキはないらしいっすよ。
それと正月は最悪っす。菓子は1品減るし、折詰もクオリティが落ちるって、、、」とのこと。
食欲旺盛のユウジから不満の声が漏れるかと思いきや、「それじゃ死んだ方がマシだな」と、中田さんが頭を垂れた。 

 

 ムショでは祝祭日に菓子が給与されるのだが、昨年までは普通サイズのポテチやクッキーなどが多かった。
しかし、今は違う。ほとんどがミニサイズになった。それだけじゃない。
普段の給食も、カレーや野菜炒めなどに使われる肉類はすべてミンチ肉になった。餃子と焼売も、気づけば数が1個減っていた。 

 懲役はとにかく食い物にうるさい。それでいうと優遇措置という制度は死活問題だ。
1〜5類まで区分があり、半年毎の点数制で分類される。
まっ、普通に生活していれば3類になるが、受刑態度が悪ければ4類以下の評価となり、集会、、、
すなわち菓子や弁当を購入して食べることができなくなるのだ。 

 「あとね、集会の菓子の値段が年明け早々に上がるみたいっすよ」と、炊事工場からの情報を締め括ったマサ。
優遇の3類は月に1回、2類は2回、1類はそれプラス弁当が買える。
菓子や飲み物は決められた種類の中から500円以内で選んで買えるのだが、およそ30分以内で食わなきゃいけない。 

 「おいおい、また値上がりかよ。昨年上がったばっかじゃん」と激怒するユウジ。
俺の斜向かいに座る中田さんがやけに静かなので「死んだかな?」と気になって目を向けると、口をもごもごさせながら舟を漕いでいた。
昼食後1時間もすると、中田さんは作業中でもこうなる癒し系キャラだ。 

 

 さっきまで東大がこの部屋にいたのが幻のように会話が進む。
「ジンさんどうします?コーラが123円、バタークッキーが237円、板チョコが140円でジャストなのに」と、相変わらず計算の早いユウジが言った。コーヒーが値上がりして140円になったから俺はコーラにしたっていうのに、、、。 

 「バタークッキーと板チョコは外せねぇからなぁ、、、これが値上がりしたらコーラも買えねぇだろ。そしたら何がいけるんだ?」と俺。
「オレンジジュース!」おいおい、何を競い合ってんだよ。
こうなったら、、、「今な、菓子オンリーで500円以内で買えるのって何と何だ?」と2人に訊いた。 

ユウジは暗算、マサは電卓を使用して必死の形相。勝ったのはユウジだ。
「バタークッキーを買うならあと1品しか無理だけど、外すなら3品いけるのは結構ありますよ」と。
「ズルイっすよそれ」と、マサが口を尖らせた。そう、懲役というのはギリの値段で買わないと損だと思って計算するのだ。 

「ココナッツサブレとキャラメルコーンとパイの実。もしくはパイの実じゃなくて薄焼きせんべい。
これで497円じゃ。わしは歯がアレじゃからパイの実だけどな」と中田さん。何だ、生きてたのか。
ってか中田さん、いつもそんなに食ってたの?それに、食事はカロリー制限食にされてるじゃん。 

 

 中田さんは2類。月に2回ある集会のうち残りの1回は、キャラメルコーンとワッフル、それから板チョコという超ハイカロリーメニューを選択しているとのこと。ちなみに440円だそうだ。
てか、中田さんて毎食時の米の量を1/3カットされてるカロリー制限者でな、糖尿病予備軍なんだぞ。 

俺は不思議でしかたない。何がって、こういう中田さんみたいな人が制限なしに菓子が買えるだけじゃなく、高血圧で減塩食を食わされている人も同様に買えるからだ。もっと言うと、ムショ側が強制的に減塩食を食わせているくせに、支給する歯磨きチューブが〈つぶ塩〉って、どういうことなんだ? 

「値段を据え置いて量を減らしてくれねぇとさぁ、500円で買えるのって限られてくるじゃん」
「だよなぁ、、、そもそもさぁ、こんだけ物価が上がってんだから、600円にしてくれよって思いません?」、、、
多分、俺が止めないと、ユウジとマサは夕食になるまでこの話を続けるに違いない。 

「ところでな、俺の書く小説のネタなんだが、、、中田さんの資産ネタと東大ネタ、それから給付金ネタと物価高騰ネタ、、、それ以外に何かあるか?」と、ユウジとマサの会話に割って入った俺。
すると中田さん。「受刑者の高齢化っていうのはどうだい」と、、、。なるほど、それ、いけるかも、、、。 

 

 俺たちは週が明けてからの3日間、工場で仲良くしている連中を集め、高齢化する受刑者について何か思うところはないか意見を訊いて回った。
加齢にともなう目や耳の病気や、介護問題が多いだろうと予想していた俺たちだったが、、、。
どうするかなぁ、このネタは少し考えることにした。 

週末の土曜日。鉄格子の向こうはトワイライト。居室内のスピーカーから流れているのはFM放送のX’masソング。
俺と同じように、ユウジとマサもシャバで過ごしたX’masに想いを馳せていたに違いない。
「カアァッ、ペッ!」、、、中田さんよぉ、50年前はX’masってなかったのかよ。 

 「どうしたんだい、3人とも恐い顔をして、、、ぺッ、ゴホ、ゴホ」
「これ、中田さんだから許すけど、他のヤツだったらボコるっしょ」「だな」、、、ユウジ、マサ、それは優しすぎる。
俺なら水を10リットルは飲ますぞ。てか、昨日からちょっと中田さんが風邪でも引いたみたいな咳をするんだよなぁ、、、。 

 「ところでジンちゃん、高齢化する受刑者ネタはどうするんだい。結局ボツかい?」と、中田さんが痰のからんだ声で言った。
「工場の連中に訊いた意見はさぁ、あいつにはオムツを替えてもらいなくないとか、あいつは反目だから飯に何を入れられるか分からないとか、そんなのばかりだしさぁ、、、」 

 

 俺の話を聴いてユウジが言った。「今さぁ、病棟で衛生係をやってる藤田ってジジイがいるじゃん。
あいつさぁ、昨年死んだ浅井さんの介護をしているとき、乾燥したゴキブリをおかずの中に混ぜて食わしてたらしいっすよ」、、、バカヤロウ、俺は言わねぇだけで、もっとエグイ話を知ってるぞ。 

 反目でケンカするならそっちの方がまだマシだ。相手に直接ものを言えないヤツが、トイレ掃除に使うサンポールや漂白剤を飯のおかずに混入していた現場を俺は見た。「バレてないと思ったら大間違いだぞ。どこで誰に見られてるか分かんねぇんだ。
バレる前にやめておけよ」と俺はそいつに忠告した。 

 俺がやられているわけじゃないから、と知らん顔はできなかった。
その後、そいつがどうしたか俺は知らない。あの件で俺はそいつに根を持たれたかもしれない。
だから俺は、意地でも病棟に行かなかった。40度の熱が出ても、職員に申し出ずに我慢した。だってやばいじゃん、サンポールだぜ。 

 「お前らどう思う?」と俺はユウジとマサに高齢化ネタについて尋ねた。
「あとは年金問題ばっかだし」とのこと。シャバで一切年金をかけていなかった人が、この中で10年間免除申請をする。
仮に50〜60歳だとして、それでもいくらかは受給できる。それは一応〈権利〉だからねぇ、、、知ってた? 

 

 俺の書いた小説のせいで、給付金だけにとどまらず、年金まで受給できなくなった、なんてことになったらさぁ、マサじゃないけど俺も肩身の狭い思いをしたくないからさ、ごめん、このネタはボツにさせてもらうわ。それより、中田さんの〈風邪〉が心配だなぁ。 

 「中田さん生きてるかい?」「うん、何とかね」「顔が熱っぽいけど大丈夫?」
「熱ねぇ、、、ゴホッ、ゴホッ、、、あるのかい?」「いや、俺じゃないよ、中田さんだよ」
「何だジンちゃん、熱があるなら横になりな、ゴホッ、ウェッ」ダメだなこりゃ。 

 

ペンネーム楠 友仁

お正月を前に、小さき世界の住人中田さんが風邪ひいたみたいだぞ・・獄中小説・獄楽/春 Vol.6につづく

 

A348さんの投稿

 

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