刑務所で殺人事件を起こしました・3
※お読みになる方へ、不快な思いをされる場合がございます。ご注意ください。
事件の被害者が行っていた悪事、及びその指示役
私が事件を起こした少し前に被害者が私に対してこそこそ悪事を行っていたということがありますが、私は公判においてこのことを主張するつもりはありません。弁護人に対してもそ「こには触れなくてよい」と言っています。事件における本質的な動機ではなく、決して被害者を殺した理由ではないからです。
ただ、検察側が怨恨による事件としており、検察側の証明予定事実において被害者の悪事については記されています。
どうせ周知されることではあるため、それなりに気になるところであろう被害者が行っていた悪事について少し答えておきます。
以下、被害者のことはAと表記します。また、Aの悪事を書くにあたって、それまでのAのことやある人物の暗躍について書いていた方が分かり易いと思うので、少々冗長になるかもしれませんが少しばかりお付き合い下さい。
Aとは今和6年11月末に同じ居室になり、私はそこで初めてAと知り合いました。
当時Aは居室の外では、常に松葉杖を用いて移動していました。これは、過去の共同室において他の受刑者を怒らせたことにより、膝を蹴り砕かれたということでした。また、それ以前の共同室においても、共同生活において普通に行動できなかったことなどから、他の受刑者から食事を奪われたり、持っていた本を捨てさせられたりするなどの仕打ちを受けていたようです。
私はこのような話をAから聞き、初めの頃は純粋にかわいそうな人だと思っていました。そのため、周りの噂に影響されることなく、本を回してあげるなど共同室の仲間として普通に接していました。それまでAは共同室において優しく接してもらったことがなかったようで、少なからず喜んでいました。
ある日、当時の工場に来ることになった理由が、同じ居室の人間を追い出そうと画策したところ、失敗して一緒に懲罰になったということを聞きました。
私はこの話を聞き、Aに対してのかわいそうだという気持ちが少しなくなりました。
その後、令和7年の年明けすぐに、Aは同じ居室に居た老人に圧を掛けて追い出し、その補充として同じ居室に入ってきた障害持ちのような若者を1日で追い出しました。 私はもはやAのことをかわいそうな人だとは思わなくなりました。伝わる人には伝わると思いますが、北斗の拳に出てくるヒャッハーのような人間だなと思っていました。
自身はやられるような存在なのに、自身より弱い存在に対してはやたらと強気になるような人だという意味です。
また、Aは他の人が見ていないと思って、他の人のおかずを取り替えようとするような姑息な面も散見されました。
私は暴行を加えたり物品を取り上げたりするようなことはありませんでしたが、Aの行動に対して度々注意することがありました。
そのため、Aは私のことを苦手にしていたようです。
今和7年4月3日、Aは反則行為の調査として居室から去っていきました。送られてきている封筒に貼ってある切手の消印を薬品で消しさり、それを再利用するために集めていたようです。
今和7年4月7日、Fという受刑者が私の居た工場に現れました。Fは共同室において他の受刑者を殴ったり、物品を奪ったりするのは当然だと考えるようなタイプで、近年の千葉刑務所においては一番の悪党だと有名な人です。
私としても、過去の20年ほどで考えても、断トツで悪い奴だなと思います。人を利用したり追い込んだりする術にとても長けています。最初は私とは別の居室でしたが、工場に来て早々同じ居室の老人をいじめ続けた上で、その居室を解体させたため、その後Fは私と同じ居室になりました。ある程度は普通に接していましたが、私が他の受刑者のようにFに従ったり持ち上げたりしないため、王様気質であるFは段々私に不満を募らせていました。
今和7年5月14日、Aが懲罰から戻ってくると共に、私と同じ居室に指定されました。
FはここぞとばかりにAを味方に付け、その日からFとAは私に対して文句を言ったり圧を掛けてくるようになりました。
Aとしても、Fの後ろ楯があれば、私に反撃できると考えて好都合のようでした。ただ、その分Fにいいように使われて、色々と物を奪われたりすることになるんですけどね。
その頃、Fは私に対して「運動会が終わったらぶっ飛ばしてやる」などとよく言っていました。
「ぶっ飛ばすぞ」と脅すことによって、私がFを恐れて色々な物品を差し出すことを目論んだ常用手段なのでしょうが、実際に私に向かってくることはありませんでした。
いい加減うるさかったので、一度だけ「運動会に出たいの?」と軽く誘ってみたのですが、それでも向かってくることはありませんでした。
口ではかっこいいことを言いながら、Fが懲罰になりたくなさそうなことは明らかだったので、運動会が終わったらどうするのだろうと思っていたら、Fは運動会の少し前にターゲットを私から他の弱い受刑者に変更しました。これにより、Fは私を「ぶっ飛ばす」理由が無くなったそうです。
その後ターゲットになった受刑者が居室を去り、再びFは私を敵視してきたのですが、Fはもう2度と「ぶっ飛ばす」という言葉を私に言ってくることはありませんでした。
少々長くなりましたが、ここまでがAが悪事を行うまでの流れです。
私がFの脅かしにびびらないため、FはAを使って私に仕掛けることを考えたようです。
ただ、Fの後ろ楯でAが私に対して変な態度をすることはあっても、Aは心の中では私を苦手にしているため、物理的にAを私に対してぶつけることはできません。 そこでFが考えたのが、私が気付かないようにAに嫌がらせをさせることでした。
Fの指示により、Aは私が寝ている間に以下のようなことを行っていたようです。
・私が就寝時間に水分を摂るために、水を入れて枕元に置いている湯飲みの中に、トイレブラシを洗浄した際に利用したポリデントの廃液が3夜連続で混入していた。初日は、起床の号令と共に私は全部飲んでしまった。舌が痺れるような感覚があった。
・私が私物の将棋の駒を大事にしていることを分かっている上で(一生刑務所で使い続ける。現在はもう購入できないため、なくなったら終わり)、私の私物の将棋の駒を10枚ほどトイレに流して捨てていた。
・私の私物保管箱を漁って数通の手紙を盗み出し、それが私の大切な人からの手紙だと分かった上でトイレに破り捨てて流していた。
・私の本を駄目にする目的で、私の私物保管箱の中に私がすぐに気付かない程度に水を撒いていた。
くだらないいたずらですね。ただ、陰湿なのは言うまでもなくそれなりに悪質ではあります。
廃液混入については、3日目の夜中に私が現認しました。
将棋の駒の廃棄については、Aが恥じもせずに私に対して「Fと縁を切りたい」と助けを求めてきた際に白状されました。
その他の悪事については、この後に及んでもAは私に隠していたのですが、AがFを裏切った際に、Fが私に教えてくれました。
一応私はAの頼みを聞き入れてFとの間に入ってあげたりはしましたが、Aがずるい性格であり後々開き直る可能性も高いと思ったため、助ける前に、まずAが行っていた悪事について認める旨の書面を書いてもらっていました。
結局、その後Aは再びFに取り込まれることになるのですが、Fとしては一度自身を裏切った者を許しません。私の事件の証拠にあったAが弁護士に相談しようとした内容のメモによれば、FはAが自身を裏切った罰として、仲間に頼んでAの家族に危害を加えるなどと脅し、Aから金銭や不動産などの財産を奪い取ろうとしていたようです。
私としてはどっちもどっちだなと思います。身から出た錆、もしくは自業自得であり、Aに対しては少しもかわいそうだと思いません。
どうしようもないやつらです。 これらの背景があったため、捜査機関としては、私が悪ことは疑いようもありませんが、実質的にはAやFの方が悪党なんじゃないかと思っているフシがあります。
ただ、上記のいたずらと昨年の私の事件は直接は関係しません。私としては、相手は誰でもよかったのですから。就寝時に真横でぴったりとくっついて寝ている2人の方が殺害し易かったというだけのことです。
Aの悪事が私の精神に影響するとすれば、どちらか1人を殺せばいいやと考え直した際に、Aに対しての方が何も罪悪感を感じずに済むと思ったぐらいです。
以上が、事件の少し前に被害者が行っていた悪事とその指示役についてでした。
次回は、ある意味私が事件を完遂できた協力者である工場担当職員や主任などについてでも書こうかと思います。
令和8年5月18日


事件の被害者が行っていた悪事、及びその指示役 私が事件を起こした少し前に被害者が私に対してこそこそ悪事を行っていたということがありますが、私は公判においてこのことを主張するつもりはありません。弁護人・・