懲罰って割に合ってますか❓
はじめての投稿となります。これからよろしくお願いします。
私は、無期囚として22年目を過ごしていますが、この11月いっぱいでようやく無事故20年となる予定です。
この刑務所の無事故のシステムは、私の所では、半年・1年半・3年・5年で無事故章が交付され、5年目以降は5年刻みです。
もし、懲罰を受けると1つ前の無事故章に落とされます。
私の場合だと、20年目前なので、15年、ではなく10年の無事故章になってしまうんですね。
冗談じゃありません。ほんのお茶目で約10年の辛抱が無になるのかと思うと、この数ヶ月は息を潜める日々でした。
しかし、こうして無事故を続けられるようになったのも「割に合わない」と思えるようになったからです。
ひとつ質問ですが、懲罰覚悟でやりたいようにやって、心からスッキリしたことってありますか?
私は一度もありません。他人のため、筋を通すため、又は、感情の赴くままに…気分がいいのはその時だけでした。
座ってる間中、罰が明けてからもず~っとイライラしてモヤモヤして、それが原因でまた罰に…
まったく割に合いません。
それからですね、行動する前に考えられるようになったのは。
もちろん家族や友人の支えもありますが、「割に合うか?」が私のきっかけになりました。
痛い目にあわないと分からないのが情けないです。
私はもうすぐ20年ですが、30年、40年と無事故を継続している方もいるそうで、皆さんは平常心を保つためにどうされているのでしょう?もしよかったらお聞かせ下さい。
最後に、プリズンライターズ・リポートの短歌や俳句をとても楽しみにしています。
中には本を作りたいという方もいるようですね。
私はまだそこまでの力はないのですが、リポート上で同じ題で句会をしたり、連作というんでしょうか、歌に歌で返すのもおもしろいのではと思ってみたり。もし気が向いたらどうでしょう。
では、20年まであと10日!胸を張って報告できるよう頑張ります。
これから寒くなりますが、皆さまお体には気をつけて下さい。
<短歌>
・喉元に抑え宥めしあれこれを吞み込むブラックコーヒー苦し
・またひとり病棟へ消ゆ老囚の後ろ姿を木枯しひゅるり
・「ありがと」のなくて戸惑うほど小(ち)さき器のままに四十路も半ば
・隠(ひそ)かなる想い野分に暴かれて空掻き毟る裸木憫れ
・身の裡の虚ろと視線合いそうになりて無闇にチャンネル変えて
・虫の音の細きに隠れ忍びたる冬とは夜の底より来たる
<俳句>
・筆置きぬ理由としては秋の雨
・肩書に縋るおとこや栁散る
・ほほづえの似合うひといて秋日影
・味噌汁の一際かほる今朝の冬
・梟のばさりと開く地獄門
・生きるのに訳などいらず冬の蝉
令和5年11月19日