汪ちゃんの井戸
HPを作ってくださったサユリさんが言いました。「汪楠について何か書いてください。」
「う~ん、悪口ならいっぱい書けるよ」と言うと、「いいところを書いてください」とサユリさん。
私は3年くらい前からこの活動に関わるようになりましたが、よく考えると汪さんとあまり話したこともないし、Wang Nan Worldのほんの少ししか知りません。書いたもので読むとゾッとするような怖いところも、実際は知りません。
シスターに連れられて事務局に行くようになって間もない頃、汪さんは布団を干していました。事務局で保護していた人が出て行った直後でした。「帰ってきたとき、布団が湿っているとかわいそうだから」と言ってました。私はそのときの穏やかで爽やかな汪さんの表情が目に焼き付いています。「あのときいい笑顔でした」と帰り道でシスターに言うと、「汪ちゃんの笑顔はいつもいいですよ!」とシスターが言いました。
出て行ったのは、汪さんと事務局から金品を吸い取って逃げたワタル(仮名)です。「ザ・ノンフィクション」という番組にも登場して、テレビを観た各地の受刑者が一番反応したのはワタルの存在でした。悪いことを数々犯した人達の目にも「あいつだけは許せない!」と映ったようでした。布団を干していた汪さんはきっと帰ってくると思っていたのでしょう。
しばらくして、ワタルからラインが入りました。「福岡から東京まで、歩いています。ですが、もう死んでしまおうと思います。・・・本来ならば早々に死のうと思いましたが、なんとか生きて戻ろうと思いました。でも帰った所で私には戻る場所もなく、またこの先を考えても、なにも残らない。ならばもう無理です。食べることもできなくなり、公園の水くらいですし、携帯も止まり、なにも出来ない状態です。本来ならば連絡もしないでおこうと思いましたが、久しぶりにLINEが繋がり、最後に連絡致しました。」「汪さんは布団干して待ってるよ。野宿しても凍死する季節でもないから、頑張って帰っておいで」と言いました。
汪さんに電話すると「彼も甘いね。甘えようと、最後ですコールですね。」「ワタルはもっと孤独を知らないと更生できない」と即座に言いました。私は福岡から歩くとなると今どのあたりだろうか。広島?岡山?なんて考えていました。でもさすが汪さんはもうワタルが近くにいると見抜いていました。事務所に待ち伏せして、2~3日後、事務所に盗みに入ったワタルを捕まえました。汪さんも奥さんも多大な被害を被ったけど、汪さんはその後もワタルを助けました。「更生支援と言いながら、警察に突き出せないよな~」と言っていました。
PHOTO : IPPEI FUJINAKA
汪さんの心の井戸はとても深く掘られていると感じます。世間話をしていてもすっと深いところからくみ出す言葉にハっとします。そうかそんな深い問題と繋がっているんだ、と目からウロコです。その井戸の水はきれいで純粋に感じます。
でも最近思うのですが、汪さんの純粋さは「嫌なことはやらない」ということと一体なのかも知れません。一見社交的で人当たりがよさそうですが、人に合わせることは苦手で、気がすすまないと沈黙します。「嫌だ、できない」とはっきり言ってよ、と思いますが、突然反応がなくなり、沈黙します。「嫌なことは断固拒否」の態度は純粋さの現れなのかもしれないと、バラ色のメガネで見ている優しい私です。