被害者や遺族に向けてどうすべきですか

 

スタッフの皆様会員の皆様、明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。
私は落花生が名産品のお膝元に収容されている前厄の無期囚なのですが、思う所があって新年早々、筆を取らせて貰いました。  

というのも、私は両親が健在なのですが、手紙のやりとりや面会時に「反省の様子が見られない」「真摯な態度ではない」「事件と向き合えていない」 という趣旨の言葉をたまに貰います。
また、「被害者に向けて何かしているか」と問われると「毎年の命日に焼香を上げているくらい」と返すのですが、この返答には不満そうに「私達は何も出来ないからせめて、と毎日お経を唱えている(だからお前もしろよ)」といった風に返されます。もっと被害者や遺族の事を考えて過ごしなさい、と。  

正直、否定は出来ません。運動会等のレクリエーションに一喜一憂したり、代替品もなく急に終売になる日用品や、年齢層が上がっていると毎冬の卓球大会を別の競技へ変更したのに、年末(2025年末)に放送された映画がどう考えても子ども向けの「忍たま乱太郎」(視聴は自由です)...という事に周囲と毒を吐いています。夏場に工場で麦茶の摂取量を削られた時も同様です(工場担当職員の独断)。
その他いろいろと確かに一般人からすれば「真摯」ではない態度の時もあるのでしょう。  


でも一応、私の言い分もあるんですよ。焼香だけでそれ以外の行動はしないのも考えた結果。
だって「南無阿弥陀仏」や「南無妙法蓮華経」と唱えても、自らを救う文言であって(ですよね?私の解釈です)被害者を悼む文言ではないじゃないですか(ですよね?以下略)。
救われたいと能動的になるのは加害者として違う気がして。だったら告解室で懺悔し赦しを請う方が立場としては正しい気がします。
その様な信仰を持ってはいませんが...。それになにより加害者に悼まれて被害者は、遺族はどう感じるでしょう。
逆の立場、私が遺族であればハッキリ嫌な気持ちです。こちらを思い出すな、関わろうとするな、と私なら考えます。
少数派だろうけれど間違いでもないと思います。それに「忍たま乱太郎」はナシでしょ・・・・・・ 。 

また、報奨金を被害者や遺族の元へと送られている受刑者がおられますが、私はこれも行っておりません。
裁判時に両親が数百万円もの大金を工面してくれ遺族側に「せめてもの・・・」と提案をしたものの断られた事を知りました。
なんだったら「お金でなんとかしようとしている!」と糾弾すらされました。
加えて私には上記の様に「関わってはいけない」という考えが前提として持っています。
こういった理由で報奨金を送る事は私の選択肢にはありません。火に油を注ぎ傷に塩を塗りかねない行為だと思われるので。 

受刑者は信仰に目覚めるとたまに耳にするのでいくつか書籍を手にしてみましたが、今の所信仰は目覚めていません。
宗教宗派の歴史等に興味は覚えるし真言宗に惹かれもしますが、「お遍路参り」や「護摩行」等の身体性が理由であり正直、空海の教えは二の次です。
なんだか知識はインプットされ、頭でっかちになった印象、実感です。  


こうして答えのない(?)迷路でもがき、悩んでいるだけマシだろう、と優しい言葉をかけてくれるかも知れませんが「マシ」だと「真摯な態度」で「事件と向き合えて」おらず「甘」く「生かされている」感が否めません。
一体私にはどういう思考・言動が不足していると思いますか?また、似た様な悩みを抱えている会員の方はおられませんか?  
支離滅裂な長文になってきたのでこの辺りで失礼しますが、なんらかのアドバイス・リアクションを頂けると幸いです。  
まぁ、こうして文章にして吐き出した時点で半分ほどスッキリはしましたが。 
昔、大彬連が「悩みは人に伝えた時点で半分は解消している」と言っていたCMを思い出しました(笑) 。 


20206/1/13

 

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